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ソーシャルワーカーの「熟達」過程(仮)

7月31日(土)に hari_nezumi さんとしゃべって、考えたことの仮まとめ。


ソーシャルワークの業務の評価はむずかしい。その難しさは他の専門職と比較しても特徴的。
支援、介入、面接、の評価のしにくさ。
何が正しい支援、悪い支援、上手な支援、下手な支援?
支援の「結果」とは?因果関係(相関関係)の不明確さ。

「ソーシャルワークは人間の行動と社会システムに関する理論を利用して、人びとがその環境と相互に影響し合う接点に介入する。」(IFSWの定義)のだから、当然といえば当然。
(そのあいまいさそのものがソーシャルワークの専門性だと思うのだが、これはしゃべって思いついたことではなくて前から思っていること)


それでもソーシャルワーカーがすこしずつ熟達してくると、自分の感覚ではなにが「良いことか」は「感覚的」に分かる。それを言語化することはむずかしい。数量化することはなおのこと。

部下や後輩(場合によっては上司や先輩)の仕事も、自分のこの内的感覚で評価することができるようになるが、言語化が難しい。名人芸的、職人芸的であるというのはこのあたりのことをいうのか。
(決して自分自身はそれが「悪いこと」とは思わない。ただ、そのままでは人材育成がなかなか体系化できないということについて、課題であるとは思う。)


熟達することによって、いろんなことがわかってくることによって、かえってタイムリーで適切な支援が出来なくなることもあるかもしれない。
熟達することによって、自分が行動、思考する際に考慮するファクターが拡大し増えてくる。
わかることで自分の力量、技術、行動(の結果)に対する不安も増す。



3の状況になった時に、適切なスーパービジョンを受けることで、自分の経験や学習を再構成することが、ソーシャルワーカーが熟達するにあたって非常に有効ではないのだろうか。
ソーシャルワーカーの熟達とはその繰り返し?
ソーシャルワーカーは決して一直線に「成長」するものではなく、ジグザグ、らせん、あるいは行きつ戻りつ「熟達」していくのでは。


そのためには(すなわち適切なスーパービジョンのためには)、ある程度熟達したソーシャルワーカーが、自分自身や他のソーシャルワーカーを評価するときによりどころにする内的感覚をなんとか言語化することが、最低限必要ではないだろうか。

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ソーシャルワーク」カテゴリの記事

コメント

又佐さん、コメントありがとうございます。
ツイッターで知りあったみなさんの様にはなかなか更新できないのですが、こちらにもいろいろ自分の思いを書いていきたいと思います。
ここ数年、感覚的にやっている仕事を言語化する、そして特にどのようにソーシャルワーク実践を評価するのか、ソーシャルワークの人材育成していくかということを考えています。いろいろご教示いただけるとありがたいです。
こちらでもよろしくお願いします。

投稿: nikamate | 2010/09/03 22:24

すでにMaa-chanさんがおいでになってるんですね。
よろしくお願いします。お二人のおっしゃってることほんとにそう思います。
主観という手探りのケアをその実践の中で根拠あるものにしていくのが様々なスキルなのでしょうね。それがいずれその方にとっての根拠あるケア、客観的なものとなっていくと思います。

投稿: 又佐 | 2010/09/03 08:20

コメントありがとうございます。
すっかりこっちのブログは停滞気味なのですが、それでもまとまった内容のことは書いていこうと思っています。
今回書いた内容はソーシャルワークの研究者ではない研究者の方とのおしゃべりに触発された部分をまとめた文章です。
ソーシャルワークの専門性も考えつつ、柔軟に専門職としてのソーシャルワーカーの「熟達」(彼女は意識してこの言葉をつかってました)には何が必要なのか、現場の人間として自分はどういうことをすればいいのかを、あまり力まずに考えて行きたいと思っています。
こちらもでもよろしくお願いいたします。

投稿: nikamate | 2010/08/03 22:47

 こちらにお邪魔するのははじめてかと思います。よろしくお願いします。

 本当にご指摘のとおりですね。ワーカーとしてどう成長していくか,は単純に年数だけで語れるものではない(お互いの前職は年数で人材育成指針を作成していましたね)ですし,ベテランだからできないこともあるということも,年齢とともに実感するところです。

 それでも,何か形ある評価や育成指針を打ち出さなければ,(特に組織においては)人材育成ができませんし,職能団体としても体系的な研修を組んだりすることも難しいですね。

 現場で感じていること,感覚的なことを,何らかの形で「数値化」(見える化)していく努力だけは,現場が続けていかなければなりませんね。

 これからもよろしくお願いします。

投稿: Maa-chan | 2010/08/02 21:58

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