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思い出話

いろいろと思い出してきたことがあるので、書き綴ろう。

大学2年生からはほぼオケ生活だったのだけど、それだけでもなかった。

大体みんな学部の3年生ぐらいから所属する研究室が決まっていって、それもきちんとシステマチックに決まっていたのか、今では不明なのだが、自分はなんとなく出入りしていた研究室に所属して、そこで卒論を書こうとしていた。卒論のテーマなんて何にも考えていなかった。所属しようとしていた研究室の教官の当時の主な研究領域は障害児の早期療育で、しかも基本的にはバリバリのスキナーの行動主義に基づく行動療法だった。院生や学部生にも子どもと親を担当させて、週に1回ぐらい指導というか療育の実習をしていた。、それはそれで割と自由にやらせてもらっていたと思う。自分も実際にケース担当をしていた。今考えればとてつもなく怖いことだ。

ところがその研究室というのが学部に属していなくて、大学附属の「特殊教育研究施設(通称「特研」)」というところの研究室だったものだから、(うちの大学は学部としては教育学部しかない大学だったから、当然学部には障害児教育学科があったのに、そういう施設もあった。よく考えてみれば変な話で障害児教育学科と特研は折り合いが悪かったらしい。)学部の学生がそこに所属していいものやらいろいろすったもんだがあり、同じく特研の研究室に行くことを希望していた悪友のNといっしょに、学科主任のところに直談判にいったことを覚えている。

こちらは無理をお願いする立場であるから、多少緊張して学科主任の研究室に入ると、研究室の先輩がそれぞれの目の前に湯のみを出してくれた。
お茶でも入れてくれるのだろうと思っていたら、教授自ら焼酎の(確か日本酒ではなく焼酎だった気がする)一升瓶をとりだし、「まあ飲みなさい」と湯飲みに注がれた。

それから何を話したかはあんまり覚えていないが、結果として特研の研究室に所属して卒業したということは、まあ別に特研の研究室に所属することに問題は無かったということなのだろう。確か同じ専攻に30名ほどの学生がいたが、4人ぐらいは特研の研究室に入ったと思う。

特研は大学のプール門の近くの南側にあった。
今もその建物があるのかどうかは知らない。

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久しぶりに

こどもの障害関係の本を再読。

「発達障害の子どもたち」杉山登志郎著(講談社現代新書)

最近はすっかり「福祉の人」になってしまい、生活保護やら介護保険の人と思われているのだが、学部は教育学部で、心理臨床専攻だったのだよなあ。(はるか昔の話)

でもずっと発達障害のことは知り続けたいと思っている。

あのころも(今も)不勉強だったが、アスペルガーという言葉をあの当時聞いた覚えが無い。LDは大学に先駆的な研究者がいたので(批判はあろうが)概念は知っていたが、ADHDはまだ耳に届いていなかった気がする。広汎性発達障害はしっていたであろうか。
DSMはまだⅢ-Rだった。ICDは10じゃなくて9だった。WISCはまだRだったし。(なんのこっちゃ)さすがに身の回りは田中ビネーだったけど、学外の一部の機関では平気に鈴木ビネー使ってる、そんな時代だった。

学科名も変わってしまい、属した研究室があった施設も改組されて無くなり、卒論の指導教官も別の大学へうつってしまったが、あの大学で、あの研究室にいさせてもらったことは、今の自分を構成する大事な要素になっている。

なんだか本の話からイメージが膨らんでいろいろ書いてしまった。
続きは書くかもしれないし、書かないかもしれない。

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ターニングポイント

今年はいろいろなことがあった。
ってまだ1年を振り返るには早いんだけど。
年度前半を振り返ると思えば、もうすぐ今年度も折り返し地点。

3月には仕事で壁にぶち当たった。
それだけが原因ではないのだけど、その後1ヶ月ほど病休した。
だいぶ落ち着いたけど、服薬はまだ続けてる。
(薬は安心材料。依存しているとは言いたくはないが、飲まない、というのは不安。
 飲んでいることで弊害より、不安がおさまってうつ的になりにくいというメリット
 のほうが大きいので、飲んでいる感じ)
生まれて初めて四国に行った。
6月には祖母(父の養母、戸籍上はつながってないんだけど、実質的に祖母)が亡くなった。
布引の帰りに財布をなくした。
夏には人間関係でいままでにはないショックを受けることがあった(もう解決したけど)。

それからこれは具体的に何かあった、て明確に言えるわけじゃないけど、仕事的にも趣味的にも、もう教わる立場から、教える立場にかなりシフトしてきたことを痛感した。(そりゃその年なんだからあたりまえだろ、という突っ込みはなし。)
自分の仕事上の能力を維持するためには、自覚的に努力しないといけないこともわかってきた。これまでは今までの貯金を食い潰して、なんとかそれなりにとりつくろうことができてきたのだと思う。(楽器も同じことか)

人生折り返し地点なのだろうか。とふと思った。

じゃあ寿命は72歳。そんなに生きれるかなあ。
しかしそれじゃあ年金は2年間しかもらえないんだな。

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今年の演奏会出演予定のまとめ

先日は10月17日(土)のホルンフェスティバルの件を書いたのですが、そのあとも本番がいろいろありまして。

11月1日(日)伊賀コミュニティオーケストラ第6回定期演奏会
 一応(苦笑)所属団体の演奏会。
 前2nd、中1st、メイン1アシ。
 メインは田園でございます。
 http://iga-community-orch.hp.infoseek.co.jp/

11月8日(日)やまなみグリーネ管弦楽団第8回ロビーコンサート
 ニールセンの木管五重奏を吹きます。エキストラで。
 http://homepage3.nifty.com/yamanami-g/

11月15日(日)
「第10回京都府障害者のつどい」という行事の中で、8日同様ニールセンの木5を吹きます。この行事そのものの情報がよくわからんのです。ちなみに会場はけいはんなプラザ(京都府精華町)。関係者以外も入場可ならまた続報をおしらせします。

あと昨年に引き続きやまなみグリーネ管弦楽団のエキストラとして12月6日に奈良県三郷町で、12月20日に伊賀市のおとなり、名張市で第九吹きます。ポジション未定。

それぞれ直前になりましたらまた詳細お知らせします。

しかし演奏会のことしか書いてねえなあ、このブログ。

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