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治療の場・回復の場というタイトルの愚痴

 きゃろるの日誌を読んでいて、「そうそう、飲みはさし飲みか、3人で飲むのに限るよな」と共感していた。以前ほどお酒そのものを飲むことに対する欲求は低下していて(そりゃーアルコールは好きだけどさ)、しゃべりたい相手としゃべる機会を求めて、飲むことが多い。そうなると必然大人数の飲み会ではストレスが多いわけです。
 先日、あまりにものやる気のなさにお医者さんにいって、お薬を処方され、この日曜日にはカウンセリングも受けることになった。
 以前は、職場の人との会話や、友達との会話の中で、その分の(薬やカウンセリングの分の)助けをしてもらっていた気がする。勉強会とか研究会とかそういう半分公式なものもそうだし、飲み会やちょっとした職場でのおしゃべりでも十分助けてもらっていた。だから、精神的に不安定で不安を抱えていても受診を決意するところまでは行かなかったのだと思う。
 この前、社協の人たちと飲んでいたときについつい「職場の人と共通言語でしゃべれない!」とぼやいてしまったのだが、そういう事態って、けっこう自分にとってストレスだったのだろうなと思う。考えてみるとオケの件でも「常識が通用しない!」とぼやいているわけで、公私ともども同じようなストレスをかかえていたわけだ。自分の共通言語や常識が大したことがないことは十分自覚した上で、それでもそれらの共通言語や常識が通用していた世界から、そうではない世界に移り住んで、そこでメンバーの一員として以上の役割を果たさなくてはいけないというのは、確かにしんどかったのかも。

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コメント

そうね、期待した分だけがっかりするとそのがっかり感も倍増。
そんなものなのだよね。極端な話だけどストーカー殺人事件とかも、自分が好きな、信じた相手だから、裏切られたと思って殺しちゃうんだよなあ。最初っから、この人はどうでもいい、と思っている相手には期待も持たないものね。

投稿: まて | 2004/06/02 23:16

共通言語で会話ができる仲間ってとっても貴重だよねえ。
ふとしたことで「お、この人、通じるんだー」っていう嬉しい発見もあるけど、たいていはその逆でがっかりすることが多い。(^^;

投稿: carol | 2004/05/27 11:49

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